
もっち
- 関東大手SIer勤務
- 10システム、仮想サーバ約200台の基幹系システムが稼働する仮想化基盤のインフラ運用リーダー
以下3点について、ブログで役立つ情報を発信
- インフラ技術・システム運用
- キャリア・マネジメント
- エンジニア実務・仕事術


もっち
以下3点について、ブログで役立つ情報を発信
今回、このブログの作者である「もっち」のプロフィールを紹介したいと思います。
私は現在、関東の大手SIer企業でITサービスマネージャとしてサーバの運用管理を担っていますが、もともとは中部での採用でした。
そこで、私の幼少期から現在までのプロフィールをまとめましたので、お時間のある時にでもテキトーに斜め読みしたり、興味のある部分だけを読むなどしていただければ幸いです。
長いので前編(学生時代編)、中編(新人研修〜中部配属編)、後編(関西大阪〜東京転勤編)に分けています。今回は前編(学生時代編)となります。


私のテクノロジーへの歩みは、まだ「IT」という言葉が今ほど一般的ではなかった1990年代である小学生時代に始まりました。突然父親がWindows 3.1のデスクトップPCを買ってきたのです。当時、Windows95よりも前の時代のPCで、ある程度GUIが整備されてはいましたが、真っ暗な画面(DOS画面)にコマンドを打ち込むことで、ファイルを操作する場面もありました。
小学生だった私は、書籍に書いてあったBASICと呼ばれるプログラミングのサンプルコードを必死でPCへ打ち込みました。そして、すべてのコードを打ち込み、簡単なゲームを動かしたあの瞬間、自分がPCへ打ち込んだ結果が画面の中の「意思」に変わる、その魔法のような仕組みに私は瞬く間に虜になりました。これが私とITとの最初の出会いです。
この頃から、将来PCに関係する職業につきたいなと漠然と考えるようになりました。ただ、ITに関連する職業を明確に志すようになったのは、もう少し先、中学1年生になった時で、その頃はIT業界に関する知識もなく、単純にゲームプログラマーになりたいなと考えていました。
次なるテクノロジーとの出会いは、高校生になった時に訪れました。1990年代当時、まだ珍しかったインターネットが家にやってきたのです。インターネットに触れるようになったことで、見知らぬ誰かとメールを交わしたり、自分の知りたい情報にすぐにアクセスできるようになりました。
このような状況に身を置く中で、段々と「この目に見えないインターネットという巨大なネットワークはどう制御されているのか?」「仕組みを知ってみたい」という純粋な知的好奇心が、大きく育っていきました。
高校で将来の進路を決める際、私は志望する大学を「情報系」大学だけに絞り、最終的には情報通信学を専門とする大学に合格することができました。
以降、大学入学から大学院を卒業するまでの6年間、私は入学した大学でコンピュータとネットワークの仕組みについて学び、研究を重ねる日々が続くことになるのです。
学生時代、大学〜大学院まで進学し、6年間を大学で過ごしました。大学入学後まずは、必須科目として数学から勉強するカリキュラムとなっていました。
高校までの数学と違い、大学数学は抽象的な概念や厳密さが要求されるため、初めは勉強についていくのに苦労しました。しかし、この時に学習した解析学・確率統計、線形代数や情報数学といった基礎的な学問は、コンピュータのハードウェアやソフトウェアの基礎となり、その後の研究の土台となりました。もちろん、アルゴリズム、通信理論、コンピュータアーキテクチャなどの、専門系の分野についても学年が上がるごとに徐々にカリキュラムへ加わっていくことになります。IT系の国家資格である「基本情報技術者」の資格を取得したのもこの大学1年生のときです。
大学の授業の中でも、特に興味を持った分野が、「通信プロトコル」と、「待ち行列理論」でした。
まず、通信プロトコルとは、ネットワークでやり取りされているデータの通信手順についての決まりのことです。一言で通信すると言ってもそのために、電気信号の送受信の方式から受け取ったデータをどのように解釈するかまで、一つ一つが理路整然と整理されていることに驚きました。
次に、待ち行列理論とは、ATMなどで行列が出来た場合にどれくらいの待ち時間があるのかなど、普段、身の回りで発生する順番待ちの現象を確率モデルを用いて分析・予想する学問です。ネットワーク上を飛び交うデータをATMに並ぶ待ち行列と同様に見立てることで、この理論をネットワークの混雑状況の解析に応用しようというものです。日々、日常において何気なく発生する行列という現象を数学の力で式で表すことができ、それを数理的に解き明かすことができることにとても魅力を感じました。
目に見えない情報の流れを数式で最適化することと、コンピュータ・ネットワークの理路整然とした通信プロトコルの理論に惹かれ、研究の軸足をネットワークへと移していくことになります。
研究室(ゼミ)に配属後、修士論文では、ネットワークの帯域の効率利用と耐障害性を高める「フィードバック機構を備えたマルチパス伝送」をテーマに掲げました。
下記図のように送信者(EnterNode)から受信者(ExitNode)へデータを転送する際、複数の中間地点(Relay)を経由させ、複数経路を実現しています。さらに、それぞれの経路の帯域によってデータの振り分け比重を最適化し、1本の転送経路で送るよりも効率的にデータをやりとりすることができます。また、経路状況を送信者へ定期的にフィードバックさせることで、片方の経路が混雑した場合に、空いているもう片方の経路へのデータ振り分け比重を自動的に調整することで、耐障害性を実現させることも狙っています。

研究を進める上で特に苦労したことは、複数経路の環境を用意することです。単純に2本の経路があるだけではダメで、それぞれの経路上でデータをロス(消失)させたり、ジッタ(揺らぎ)が発生する環境を用意する必要がありました。実機でそのような環境を用意することは困難なため、ちょうど同じタイミングで教授が論文として発表していたネットワークシミュレータを利用させてもらうことで、何とか実験環境を用意することができました。
各モジュールの実装は、C言語を用いて行いました。教授が開発したネットワークシミュレータもC言語で作成されており、利用するには、プログラミングによって複数経路の環境を自分で記述しなければいけなかったためです。下記図の通り、送信者(EnterNode)と受信者(ExitNode)でそれぞれ、データ振り分け処理とフィードバック処理を実装し、経路状況のパラメータをやり取りするための通信プロトコルを実装しました。

この時培った「理論を形にするための忍耐力」は、その後のエンジニア人生の大きな支えとなっていると感じています。
大学ではコンピュータの探求に時間を費やす一方で、大学生活は人間味にあふれた社交の場でもありました。部活動は学部生だった4年間、卓球部に所属し、部活の合宿やスキー旅行などへ行きました。また、研究室(ゼミ)ではゼミ生である約15名のメンバーと夏には合宿でテニスやバーベキューを楽しみ、夜には徹夜でトランプ大会で真剣勝負を繰り広げました。
もう一つ、忘れられない大学時代の思い出があります。ゼミ生のみんなで紅葉狩りに行ったことがあるのですが、その日は偶然私の誕生日でした。事前にそのことはゼミ生と会話していたのですが、ゼミ生はそのことを覚えていて、なんと、その紅葉狩りへ行った帰りの夕食会の時、突然会場が暗くなり、「何が起こったんだ!?」と困惑する私のもとに、サプライズケーキが運ばれてきたのです。私にとって、初めての誕生日サプライズですごく感動したことを今でも覚えています。
また、卓球部出身だった私は、初心者だった後輩たちといっしょによく卓球の練習をしていました。少しずつ上達していく後輩の姿を見るのは、研究とはまた違った達成感がありました。
大学院を卒業後、私は全国に拠点を持つ大手SIer企業へ就職しました。その後、中部地方にある顧客企業の常駐部隊として配属され、ITエンジニアとしてのキャリアをスタートさせることになりますが、長くなるので、一旦今回のプロフィールはここまでとします。
続きが気になる方は、中編(新人研修〜中部配属編)も御覧ください。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!